元禄花見踊

Genroku - Hanami odori

明治十一年(1878)六月 作詞:竹柴瓢助 作曲:三代目 杵屋正治郎


” 花と月とは ───

 どれが都の眺めやら ”



歌詞

〈二上り〉

吾妻路を 都の春に志賀山の 花見小袖の 縫箔も 華美(はで)をかまはぬ伊達染や 斧琴菊(よきこときく)の判じ物 思ひ思ひの出立栄 連れて着つれて行く袖も たんだ振れ振れ六尺袖の しかも鹿の子の岡崎女郎衆 裾に八つ橋染めても見たが ヤンレほんぼにさうかいな そさま紫色も濃い ヤンレそんれはさうぢゃいな 手先揃へてざざんざの 音は浜松よんやさ 花と月とは どれが都の眺めやら かつぎ眼深に北嵯峨御室 二條通の百足屋が 辛気こらした真紅の紐を 袖へ通して つなげや桜 ひんだ鹿の子の小袖幕 目にも綾ある 小袖の主の 顔を見たなら なほよかろ ヤンレそんれはへ 花見するとて 熊谷笠よ 飲むも熊谷 武蔵野でござれ 月に兎は和田酒盛の 黒い盃闇でも嬉し 腰に瓢箪 毛巾着 酔うて踊るが よいよいよいよいよいやさ 武蔵名物月のよい晩は をかだ鉢巻蝙蝠羽織 無反角鍔角内連れて ととは手細に伏編笠で 踊れ踊れや 布搗く杵も  小町踊の 伊達道具 よいよいよいよいよいやさ 面白や 入り来る入り来る桜時 永当東叡人の山 いやが上野の花盛り 皆清水の新舞台 賑はしかりける次第なり


解説

明治11年(1878)の3世杵屋正治郎の作で、作詞は竹柴瓢助です。時代的に最も華やかだった元禄時代期の花見風景を描いています。

この曲は、その年に再建中であった新富座が完成し、そのお披露目に演奏された曲です。 このころ、初めて劇場内にガス灯が灯されたようです。歌舞伎役者がそろって洋装、断髪で舞台に並んだといいますから、ちょっと異様な光景だったでしょう。舞台は6挺6枚という舞台いっぱいの壮観だったということです。約200年も前の元禄の花見を題材としたのは、時代が町人文化に移ったことを意味します。

時は元禄、上野の山は花見に集まる丹前侍、供の奴、湯女、町娘などが踊り騒ぐ様が描かれています。 「よきこと菊の判じ物~」というのは、当時人気の団十郎、菊五郎のデザインを小袖に書いたものをいいます。 「たんだ振れ振れ」とか「さざんさ」などという言葉が出てきますが、この「ん」の字は単に調子言葉であまり意味はありません。

「小袖幕」とはずいぶん粋な言葉ですね。今でいう「場所取り」のことで、当時は女性が着ている小袖をつないで幕のようにして「花見幕」とし、場所を仕切ることを意味します。 今青いビニールシートで場所取りをするのとは大違いですね。 「清水の新舞台」とは、花見をしている上野の清水堂に、まさに新築した新富座をかけてのことをいっています。

武蔵野というのは、広くて「野見尽くされない」ことにかけて大きな杯のことをいいます。また、「和田酒盛」というのは立派な杯のことです。 時代が変わり、正治郎は、合方にワルツの三拍子のリズムをとり入れるなど、西洋音楽の影響も示しながら新たな時代への移行を暗示した曲ともいえましょう。


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