都風流

Miyako furyu

昭和二十二年(1947)

作詞:久保田万太郎

作曲:四代目 吉住小三郎・二代目 稀音家浄観


” 極月今日ぞ年の市 境内うめし 雪の傘 ”



歌詞

〈三下り〉 

これよりして お馬返しや羽織不二 ふじとしいえばつくばねの 

川上さして行く船や 芦間がくれにおもしろき 

白帆の影の夏めきは せんなり市の昼の雨 草市照らす宵の月 柳のかげに虫売りの 市松障子露くらき 

つゆの声々ききわけて 鉦を叩くはかねたたき ふけては秋に通ふ風 


〈本調子〉

菊供養 菊の香もこそ仲見世の 人波わけてうちつるる 

わけて一人はとしかさの 目につくあだなさしぐしも 

はや時雨月しぐれふる べったら市の賑いも きのうにすぎておしてるや 

酉の日ちかき星の影 引けは九つなぜそれを 四つといふたか吉原は 拍子木までがうそをつく さのエ


〈二上り〉 

おはぐろどぶにうつる火も 明けてあとなき霜晴れの 

くまでにかかる落葉さへ 極月今日ぞ年の市 境内うめし 雪の傘 


解説

戦後間もない昭和22年(1947)久保田万太郎の作詞、吉住小三郎、稀音家浄観二人の作曲によるもので、吉原界隈の初夏から冬にかけての情景を表したものです。


小三郎、浄観の二人はこの曲をもって長唄の普及に尽くした研精会での引退公演としました。

戦後のすさんだ焼け跡を見ながら「こんな良い時があったのだよ」という一種のノスタルジックなイメージがこの曲に感じられます。


富士山詣では当時から流行でしたが、これができない人は浅草にある小さな富士詣をしていました。

最初の「これよりしてお馬返しや羽織富士」というのは、江戸の俳諧師であり20台の頃から吉原通いをしていた通人酒井抱一の句です。


富士と筑波という江戸から眺められる二つの山を描きながら、吉原にズームインしていく軽妙な運びが光ります。

また、後半の派手な三味線が聴きどころです。


吉原で公認の2時間の延長という違法営業をしていることを示す「引けは9つ、なぜ4つというか」は久保田作詞の小唄にありますが、吉原の営業時間が午後12時つまり9つなのに、わざとそれを10時の4つというのかということ、それを借用しています。

今でも残る「ほうずき市」なども、これから先はどうなりますことやら。